日米の、虐待をうけた子どもたちのケアにあたる人たち – 日本の里親の現状
●「施設:里親」で暮らす子どもの比率は「9:1」
現在日本には、社会的な保護を必要とする児童数が、およそ4万5千人いる。そのうちおよそ4万人強が、児童養護施設や乳児院などといった施設で暮らしている。いっぽう、里親のもとで暮らす児童数はおよそ4千人強であり、施設に暮らす児童数との比率はおよそ9:1。圧倒的に、施設で暮らす子どもたちが多い状況だ。
国(厚労省)は今後、子どもたちをより家庭的、安定的な養育環境で育てられるよう、小規模施設や里親家庭での養育を推進する方針を打ち出している。
里親養育が特に推進されるようになったのは、今世紀に入ってからだ。それまで、日本の児童福祉施策の中では、里親養育は施設養育に比べると、あまり重要視されてこなかった。しかし、2000 年以降、子どもの虐待問題への社会的関心の高まり、里親当事者が制度の意義や支援の必要性を積極的に訴えるようになってきたことなどから、里親養育を重視する方向へと流れが変わってきた。
● 養子縁組を前提とする里親と、しない里親
日本の里親は、以下の4種類に区分されている(2008年改定)。
1. 養育里親…養子縁組を前提としない里親。委託後に縁組を行う場合もある。
現在子どもを委託されている里親全体のうち、4分の3を占める。
2. 専門里親…養育里親のうち、とくに被虐待児、非行等の問題のある子ども、
障害のある子ども等の委託を受ける。
3. 養子縁組里親…養子縁組を前提に子どもの委託を受ける里親。
4. 親族里親…3親等までの親族による里親。
1・2の養育里親制度は以前からあったが、3の養子縁組里親という区分が別に作られたのは、2008年以降のことである。これは、養子縁組を目的として里親を希望する人が一定数いるからである。
養子縁組を目的とする理由は、主に2つある。
第一に、日本の歴史的な事情が挙げられる。日本では戦前「家制度」というものがあり、戦後もその名残りで「家系を絶やさないため」に里子を求めるケースが少なくなかった。だがそういった事情で里子を引き取っても、子ども自身の利益にそぐわないケースも多かったことなどから、養子縁組を目的とする里親希望者を、一般の里親(養育里親)とは区別するようになった。
第二に、晩婚化が挙げられる。近年、日本では急速に晩婚化が進んでいる。そのため、自分の子どもを持つことができないカップルが増えている。生殖補助医療により、体外受精などで妊娠・出産する女性も増えているが、実子を持つ代わりに里子をとり養子縁組することを選択するカップルもいる。このような理由から里親になりたいと考える夫婦に、里親制度を理解した上で子どもを養育してもらえるようにするために、養子縁組里親の制度が設立されたのである。
●2009年度より、養育里親の手当は倍額に
養育里親の登録希望者は、まず児童相談所(以下、略して児相)等でガイダンスを受けたのち、数日間にわたる基礎研修や実習を受ける。さらに児童相談所によって家庭訪問や調査が行われ、住居の広さや収入額等といった基準をクリアすることが確認されれば、都道府県知事の名において、登録が認定される。
養育里親の場合には、「里親手当」として月額7万2千円、「一般生活費」として月額約4万7千円(乳児以外で、1人目の場合)が支給されるほか、学校、進学関係の費用や、医療費等の手当ても出される。(自治体によって独自の加算もある)
意外と充実した金額と感じられるが、これでも施設で子どもを育てる費用よりは低い。
●里親の不足と、児相職員におけるマッチング業務の負担
今後日本で里親養育を進めていくにあたっては、いくつかの課題が指摘されている。
まずひとつには、登録里親が不足していること。新規登録数が伸び悩むのと同時に、ベテランの里親がやめていくという問題もある。里親制度の周知や、里親継続のバックアップが、今後より求められている。
児相スタッフの業務過多も、問題として指摘されている。里親と里子のマッチングには大きな人的労力が必要だが、児童福祉司は日々、虐待通報の対応業務に追われているため、なかなか里親委託業務にまで手がまわらない。
この点については、2012年より、各都道府県には里親支援機関が設置されるとともに、「里親委託等推進員」というポストが新設され、里親家庭の支援を行うこととなった。さらに、児童養護施設には「里親支援専門相談員」というポストも設けられ、里親委託を積極的に行い、地域の里親家庭の支援も行うこととなった。これらの新しい試みによって、今後状況が改善されることが期待されている。
●「よその家の子になってしまう」という実親の抵抗感
さらに、「実親が里親委託に同意しない」という問題も、しばしば指摘されるところだ。日本の要保護児童の実親たちは、子どもを施設に入所させるのには同意しても、里親に委託することに関しては同意しないケースが多いのである。
それはなぜなのだろうか? 多くのケースに関わってきた、元児童福祉司の白石智子さんに尋ねてみた。
「里子に出すとなると、どうしても『よそのおうちの子どもになってしまう』という感覚があるんでしょうね。その点、施設にいれば『いつかはいっしょに暮らせる』という望みを、実親は持ち続けやすい。
要保護児童の親たちは、自分自身も、家庭で愛された実感がなく育ってきた人が多いので、自分を無条件に求めてくれる子どもという存在は、生きる希望でもあるんですね。だから『いつかはいっしょに』という気持ちが強いのではないでしょうか」
日本人以外の読者のためには、少々補足が必要だろうか。これだけでは、「なぜ施設ならよくて、里親はだめなのか」という点がわからないかもしれない。
これはおそらく、アメリカと日本では「里親」というものの実態が異なるからだと思われる。
●アメリカと日本における里親による養育期間の違い
日本の里親制度を研究する、日本女子大学講師・和泉広恵さんは、このように指摘する。
「アメリカと日本では、里親の養育期間に、だいぶ差があります。アメリカでは、子どもは里親家庭を転々としやすく、一か所の里親家庭で過ごす期間はあまり長くありません。ですが、日本ではひとたび子どもが里親家庭に委託されると、18歳になるまで、かなり長期間に渡って養育されるケースが多いのです。ですから、子どもが里親に委託されると、実親とかかわりがなくなってしまう可能性は高いと考えられます」。
アメリカでは、おそらく、子どもが里親のもとに行くのが当たり前となっているが、日本では、児童養護施設と里親家庭への委託は異なるものと認識されている、ということだろうか。ただし、日本でも現実には、実親の「いつかはいっしょに暮らせる」という望みはかなえられることがないまま、子どもたちは施設で暮らし続けることになるケースが多いのである。
●親の同意がなければ、措置は行えない
もうひとつ、和泉さんは「制度の違い」という点にも着目する。日本ではアメリカと異なり、基本的には措置を決定する際に「親の同意」が必要であると考えられている。
「アメリカでは措置を行う際に、実親の同意は必要ありません。施設に入れるにしろ、里親に委託するにせよ、最終的に措置を決定するのは司法であり、一度決定が下されれば、実親はそれに従うしかありません。
ですが日本では、措置を決定するのは児相です。児相には司法のような権限はありませんから、実親が反対すれば、里親家庭への委託を行うのは難しいのです」
この問題は、児相の業務の負担という状況にも結びついている。措置に抵抗しようとする実親は、措置を決定する機関である児相に直接異議を訴えてくるため、児童福祉司が措置に不満をもつ実親に対応し、彼らを説得することが必要となるからだ。
なお、このような状況を改善するため、2012年4月からは、児相などが「親権の一時停止」を行えるよう、民法が改正された。それまでは親権を制限するには「親権喪失制度」によるしかなかったため、比較的程度の軽いケースに関しては、親権の制限を一切行えなかったのだ。2012年12月現在、まだ実際の運用は少ないようだが、これから活用されていくことが期待される。
●「子どもが親のもの」であるという意識
全国里親会の副会長を務める木ノ内博道さんは、アメリカと日本における「子ども観の違い」という点にも注目する。
「日本ではアメリカなどに比べ、『子どもは親(家)のもの』という感覚が強いのではないでしょうか。そのため、里親に子どもを委託するとなると、『子どもがよその親(家)のものになる=自分のものではなくなってしまう』と感じてしまい、抵抗が大きいのかもしれませんね」
少し話がそれるが、日本は離婚時の子どもの連れ去りに関するハーグ条約に加盟しておらず、たびたび他国からの批判を受けている。そもそも日本では、離婚後に面会交流(離れて暮らす親と会うこと)が行われている率が、まだまだ低い。これも、日本では「離婚して世帯が分かれれば、子どもは自分(親)のものではなくなる」という感覚があるためかもしれない。
実親も里親も、さらには社会全体が、子どもを「誰かのもの」と考えるのをやめ、子ども自身にとって必要なものを社会が与える、という意識をもつこと。それが、どんな子どもにとっても、最も大切なことかもしれない。
大塚玲子 フリーの編集ライター。著書『オトナ婚です、わたしたち』(太郎次郎社エディタス)は2013年2月発売。